膀胱腫瘍(移行上皮癌)
2020年12月14日
犬の膀胱(尿路系)に発生する腫瘍の多くは(70~80%以上)、移行上皮癌という悪性腫瘍です。
移行上皮癌は、シェットランドシープドッグ、スコティッシュテリア、ミニチュアダックスなどの雌犬で好発する傾向にあります。
[臨床徴候]
膀胱腫瘍の臨床徴候としては血尿や頻尿、排尿困難といった下部尿路症状が一般的で、時に排便困難などの症状も併発することがあります。
膀胱炎などの下部尿路疾患と同様の症状を呈するため、初期には膀胱炎の治療などが実施されていることが多いです。難治性や進行性の下部尿路症状がある場合には、詳しい検査が必要となります。
[診断]
診断には超音波検査が有用な検査となります。移行上皮癌の多くは膀胱三角部に発生します。
また尿道を含めた周囲組織への浸潤、左右腎臓、局所リンパ節の評価にも超音波検査は必須となります。
*膀胱腫瘍(↑):三角部を中心に膀胱内に腫瘤が認められる。
*左腎:膀胱三角部の腫瘤のため水腎水尿管を呈している。
矢印(↑)は左腎臓(重度の水腎)、矢頭(△)は拡張した左尿管
レントゲン検査では局所だけでなく胸部や脊椎、骨盤などを含めた骨転移のチェックも行います。さらに尿道などの骨盤腔内の病変では超音波検査のみでは描出できないことがあるため、尿路造影検査も必要となることがあります。
確定診断には外科的切除や膀胱鏡による組織生検が必要となりますが、カテーテルによる吸引細胞診やセルパック、BRAF遺伝子の変異検出といった各検査所見からの総合的な判断でされることもあります。
*膀胱腫瘍のカテーテル吸引細胞診:移行上皮癌
[治療]
1、外科治療
治療は腫瘍の発生部位やステージにより異なりますが、外科治療が第一選択となることが多いです。膀胱の移行上皮癌の多くが膀胱三角部という左右の腎臓から走行する尿管の開口部が好発部位となります。そのため、外科治療の目的としては、局所における腫瘍の制御と尿路の確保(尿路閉塞の予防や解除)の2つが挙げられます。
外科治療の選択肢としては、膀胱部分切除、膀胱全摘出(+膣や包皮への尿路変更)、尿路閉塞に対する処置(尿管ステントやSUBの設置)あるいは膀胱瘻チューブの設置などがあります。
2、内科治療
移行上皮癌は再発率だけでなく、転移性も高い腫瘍となります。そのため術後の補助療法やすでに転移などのステージの進行した症例ではピロキシカムなどの非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)や化学療法などが推奨されています。
[実際の症例]
症例:12歳、ボーダーコリー、去勢雄
主訴:2日前から、頻尿・血尿を主訴に本院を受診しました。
検査所見・診断
血液検査:大きな異常は認められず
胸部レントゲン:明らかな転移所見なし(異常所見なし)
腹部超音波検査:膀胱頭側と尾側に腫瘤性病変あり、尾側の腫瘤は膀胱三角部(尿管開口部)に発生し一部前立腺尿道への浸潤も疑われました。
*膀胱超音波所見:膀胱頭側(↑)と尾側(矢頭)に腫瘤性病変が認められます。
左右の腎臓は水腎症・水尿管といった尿路閉塞を示唆する異常所見はありませんでした。また腰下リンパ節への転移を示唆する所見も認められませんでした。
カテーテル吸引:超音波下にて膀胱内の腫瘤に対し、カテーテル吸引にて採材し、細胞診とBRAF遺伝子の変異の有無を調べたところ
細胞診では移行上皮癌が第一に疑われ、BRAF遺伝子に変異も認められたため
本症例を膀胱の移行上皮癌(T3,N0,M0)と診断しました。
治療経過
当初はオーナさんも外科的治療には積極的ではなかったため、NSAIDsや抗がん剤などの内科治療を選択し経過を観察していました。しかしワンちゃんの頻尿症状が内科治療のみでは改善しないとのことでしたので、膀胱・前立腺の全摘出と尿路変更術(尿管-包皮吻合術)を実施することとしました。
*切除した膀胱・前立腺
*切除した膀胱の切開図:膀胱内にびまん性の腫瘤病変が認められ(↑)、また尾側においては一部前立腺内に浸潤している(△)
病理検査所見:
膀胱腫瘍:移行上皮癌(乳頭状、浸潤型、筋層浸潤あり)
術後経過
膀胱全摘出ではいくつかの合併症・併発症も報告されています。
術後は尿失禁(持続的な尿漏れ)が必発となりますので、定期的におむつやマナーバンド(ベルト)の交換が必要になります。また腎盂炎などの尿路感染や尿管開口部周囲の皮膚炎などが併発することもあります。
*わんちゃんは大きいので人の介護用オムツをマナーベルトで巻き付け尿漏れの対策をしてくれています(*^_^*)
*包皮からは尿がでており、そこに介護用オムツとマナーベルトを巻いている状態ですので、ペニス周囲の毛刈りや皮膚のチェックも定期的に行います。
また移行上皮癌は転移性の高い腫瘍となりますので、局所再発や転移に対しての術後補助療法や定期チェックが必要となります。
そのため飼い主様のケアや協力が非常に重要な手術となります。しかし術前に認められた頻尿やしぶりといった臨床症状は消失するために、わんちゃんのQOLは向上します。
本症例は術後1年経過していますが、今のところ再発や転移もなく順調な経過を示しています。
もちろん膀胱の移行上皮癌の大半は、残念ながら再発や転移といった挙動を呈すことが多いです。しかし外科手術は症例の臨床症状を改善させるのと、時に良好な長期生存をもたらすことがあるため、適応症例では有用な治療法の1つであると考えています。移行上皮癌の治療は臨床病期(ステージ)や水腎症(腎不全)の併発、症例の状態などにより治療が異なるため、個々の症例に合わせた治療が必要となります。詳しくはスタッフまでお問い合わせください。